結論から書くと、当分は現状のアニミズム的で個人主義的で自由主義的な価値観(要するに自由)が続くのではないだろうか。

農耕以後の階層社会では権力者がアートや様々な事の価値を決めていたが、ヨーロッパで起きた科学革命や資本主義や自由主義の台頭で、それらは破壊されていった。

最後に残ったのはヒトの本能に根差したと思われるアニミズム的な価値観かもしれない。長きにわたった狩猟採集時代に作られた脳の仕組みは今でも変わらないのだから。

アニミズム的な価値観とは、万物に神が宿ると考えた狩猟採集民の心。

個人主義的で自由主義的な価値観とは、自分(や他人)がどう感じるか?を尊重する。

これらが合わさると、万物はアートである可能性があり、自分(や他人)が感じることが全て正しい。となる。

この記事を書くきっかけになった動画。とても面白い。
動画のネタ本自体がエクストリームにまとまっているそうだ。
エクストリーム授業のエクストリームテキスト。面白そう。

エクストリームアート年表

出典:wikipedia

⓪カメラの発明まで 目に見える物をそのまま正確に描けたらすごいよね 例:モナ・リザ

出典:wikipedia

1839年 フランス ルイ・マンデ・ダゲール カメラ(ダゲレオタイプ)を発明 「カメラがあれば誰でも超写実的な絵を作れるぞ」

~ 実用的なカメラの発明で写実的なアートが陳腐化。新しいアートの価値を探す模索が始まる~

出典:wikipedia

①1905年 フランス・パリ マティス 「緑の筋のあるマティス夫人の肖像」 絵の色は目に見えるそのままでなくても良いのではないか?

出典:wikipedia

②1907年 フランス・パリ ピカソ 「アビニョンの娘たち」 絵の色や形は目に見えるそのままでなくても良いのではないか?

出典:wikipedia

③1913年 フランス・パリ カンディンスキー 「コンポジションVI」 絵は具象ではなく、抽象でも良いのではないか?

出典:wikipedia

④1917年 フランス・パリ デュシャン 「泉」 アートは美しくなくても良いのではないか?

出典:wikipedia

~ 二度の世界大戦でヨーロッパは滅茶苦茶に破壊され、アメリカが世界の中心になる~

出典:musey

⑤1948年 アメリカ・ニューヨーク ポロック 「ナンバー1A」 アートは何かのイメージである必要は無いのではないか?

出典:wikiart

⑥1964年 アメリカ・ニューヨーク ウォーホール 「ブリロ・ボックス」 アートに作家性がある必要は無いのではないか?

・アートの中心はフランスのパリから二度の大戦を経てアメリカのニューヨークに移った。どんなに才能がある芸術家でもその当時の中心地に住んでいないと社会への影響力は無いのかもしれない。インターネット時代の今後はどうなるのだろうか。

岡本太郎は20世紀前半のパリで青年時代を過ごしたので、その当時としては早く①②③④の要素を全て持っているような気がする。特に③④の影響は大きそう。

ヒトラーは⓪の価値観を重視したので芸術家としては社会からあまり評価されなかった。彼はのちにドイツの独裁者になった。

・現代の多くの人は⓪①②③④⑤までは全て共通認識としてありそうな気がする。⑥に関してはアートが投資目的になっている事から考えるとまちまちかもしれない。

運慶 興福寺北円堂世親像

出典:wikipedia

・ここまで書いてきて思ったのだが、ユーラシア大陸の東端にある日本や新大陸などの辺境ではそもそも写実的な絵を目標にしていなかったような気もする。日本の写実的なアートは大陸から来た仏教美術くらいしか思いつかない。

出典:rockstargames

出典:nintendo

・欧米のゲームの多くは写実的で、日本のゲームは現実離れした抽象的なものが多いのも、アートの価値観の違いからくるのかもしれない。上記のビーチの画面を見て欲しい、ゲーム性も合わせて非常に対照的に見える。

・アートの価値観とは社会の価値観なのかもしれない。グローバル化した現在では、世界中でそれは似通ってきてはいるだろうけど、まだまだユニークな価値観を見出すことは可能だろう。

現在のアニミズム&個人主義&自由主義の価値観は今後10-20年くらいは有効そうだが、AIの性能が上がり社会がそれを受け入れたら変わるかもしれない。人々は個人の意思よりAIの判断を尊重するようになるかもしれないからだ。

そして、未来はこうなるかもしれない。

⑦20XX 中国・北京 〇〇〇 「0」 アートは〇〇がある必要は無いのではないか?

次の新しい価値観があるとすれば何だろうか?
思いついたらぜひ気軽にコメントで教えてください。

追記:現在のアーティストで⑦があるとすれば、村上隆かもしれない。ウォーホールのように作家性を否定しつつ、日本のアニメのイメージをアートにしている。