このサイトについて

サイト名のtoilogyとは、問い + logyです。

-logy (-ロジー) は、英語接尾辞のひとつ。「〜」、「〜」、「〜」、「〜」、「〜科学」などを意味する。「〜学」と訳されている場合が多いが、そうでないものもかなり多い。

logy – ウィキペディア

自由な視点でこれからの人類(サピエンス)の「問い」を中心に記事を書いてみたい!と大風呂敷を広げてみました。

これからの人間は何を求めるのか?何を求めるべきなのか?ということを考えていけたらと思います。

マクロな視点を持ったのは、今住んでいる場所が辺境と言ってもいいような北海道の小さい町だからかもしれません。

人は中心から離れるとむしろ中心が良く見えるようになる。
中心では権力者が認めた主流の保守的な考えが採用される、辺境ではそのような制限は少なく、時間を無駄にしていろいろな事を試すことができる。(ユヴァル・ノア・ハラリ)

サイトの作成にあたって影響を受けた考え

七〇億の人がいれば七〇億通りの課題リストがあり、すでに指摘したように、全体像について考える余裕というのは、なかなか手に入らない贅沢だ。ムンバイのスラムで苦労して二人の子供を育てているシングルマザーは、次の食事のことしか頭にない。地中海の真ん中で小舟に揺られている難民は、陸影を求めて血眼で水平線を眺め回す。込み合ったロンドンの病院で死にゆく人は、残る力を振り絞ってあと一度、息を吸い込もうとする。彼らはみな、地球温暖化や自由民主主義の危機よりも、はるかに切迫した問題に直面している。

ユヴァル・ノア・ハラリ「 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 」(位置4/100%)

もし私たちが、飢饉と疫病と戦争を本当に抑え込みつつあるのなら、何がそれらに替わって、人類が取り組むべき課題のリストの上位を占めることになるのか? 火事のない世界の消防士さながら、二一世紀の人類は、前代未聞の問いを自らに向ける必要に迫られている。すなわち、私たちはどのように身を処すればいいのか、だ。

ユヴァル・ノア・ハラリ「 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 」(位置6/100%)

謙虚さ あなたは世界の中心ではない

イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、ロシア、日本をはじめ、他の無数の集団も同じように、彼らの国の目覚ましい業績がなければ、人類は野蛮で不道徳な無知のうちに暮らしていただろうと確信していることは言うまでもない。自分たちの政治制度や宗教慣行が物理の諸法則そのものにとって不可欠だとさえ考えている民族も、過去にはあった。たとえばアステカ族の人々は、毎年行なっている生贄の儀式がなければ、太陽は昇らず、全宇宙が崩壊すると、固く信じていた。

 こうした主張はすべて間違っている。それらはあえて歴史に目をつぶり、人種差別の気持ちを少なからず抱いている結果だ。人間が全世界に住みついたときにも、動植物を家畜化・栽培化したときにも、最初の都市を建設したときにも、書字や貨幣を発明したときにも、今日の宗教や国家のどれ一つとして存在していなかった。道徳性や芸術、霊性、創造性は、私たちのDNAに刻みつけられた普遍的な人間の能力だ。その起源は石器時代のアフリカにある。したがって、黄帝の時代の中国だろうと、プラトンの時代のギリシアだろうと、ムハンマドの時代のアラビアだろうと、そうした能力をもっと新しい場所や時間のものと見なすのは、うぬぼれもはなはだしい。

ユヴァル・ノア・ハラリ「 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 」(位置50/100%)

近代史が実証してくれたとおり、無知を認め、難しい疑問を提起するのを厭わない勇敢な人々から成る社会のほうが、誰もが単一の答えをまったく疑わずに受け容れなくてはならない社会よりも、たいてい繁栄するばかりか、平和でもある。自分が真実とするものを失うのを恐れる人々は、世の中をいくつも異なる見地から眺めるのに慣れている人々よりも暴力的になりがちだ。自分には答えられない疑問は、疑問を差し挟めない答えよりも、たいていはるかに優れている。

ユヴァル・ノア・ハラリ「 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 」(位置56/100%)

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